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ピアノハウス ハントケルナーがピアノビルダーの日常を綴りました。

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〒208-0013 東京都武蔵村山市大南3-134-15

出合と風景/ KlavierBauer

Klavierbauer(独)/Pianobilder(英)とは


ほとんどピアノ製作所がなくなってしまった他のヨーロッパ諸国に比べれば、未だドイツでは幾つかのメーカーが現存。その為クラヴィ-アバウアー(英:ピアノビルダー)という職種はドイツ語圏で一般に周知されています。オーストリアではクヴィーアマッヒャーともいい、総合的な技術と知識を持っていて、調律業務も行います。

日米のように調律専業という方もいますが、懐が深い環境です。ドイツで独立開業や管理者を希望する場合は、別にクラヴィーアバウ・マイスター資格をとります。店舗経営となると仕事の立場が異なってきます。
勤務して仕事だけしているほうが気が楽だという事も確かにうなずけます。ピアノ店勤務の場合、調律に出向くのは市内近郊で、普通は車で移動30分以内。4台程度前後の仕事をします。

どこのサイトでも、自己店舗や売り物の紹介が中心なので、このページではサムライ管理人が見て感じた友人達の仕事や調律事情、お世話になった先輩技術者等について、綴ってみることにしました。




サムライピアノビルダーが見た欧州ピアノ事情探訪記

☆巨匠・名匠の引き出し
◎ヘルムート・プァイファー(Helmut Pfeiffer/1921~2005)


ヘルムートは眼光鋭く190㎝に迫る長身で、名匠ヴァルターの後継者でもありますし、社主でもありました。勤務するクラヴィーアバウー達からは特別な存在。彼が工場を巡回すると、各部署毎に作業を中止して整列し、ヘルムートを待ちます。
一人ずつ僅かに会話後に握手。その姿は威厳があり、話をするクアラヴィーアバウアー達からは尊敬の念をもって迎えるという印象です。こんなシーンは、恐らく他の工場では目にしないのではと感じました。

ある時ハンマーの植込の下仕事をしていました。そこにやってきたヘルムートは、処置の仕方に注意をくれました。彼からすると雑に見えたのです。当時、ある程度の仕事はできると思っていましたので、一寸生意気な発言をしてしまいました。
『スタインウェイもグロトリアン等もこの程度と思いますが・・・』というと、ヘルムートは『その通り、しかしここではだめです!』そして『隠れてしまう見えない所もきちんとやってください。それがPfeifferのピアノです』

確かにこの工法ですと、ハンマー接着後の乱れが少なく安定し、ハンマー修正も僅かなので、ストレスが少なく音質も優れています。国内メーカーのハンマー交換で、同様に何台もやっていますが、結果は良好です。

有効に音を引き出す為のPfeifferのセオリーは独自で、補修・修理にも応用できる部分もあります。初めて接したときはスッキリした弾き心地に驚きました。部材や設計も勿論重要ですが、此処のピアノは緻密なメカニックの組上技術が根本にあります。

以前の勤務先(国内)では、主に基準値を基本にピアノを仕上げるという事をしていましたが、それが良いのかどうかという判断は出来ずにいました。問題なく演奏できているから良いだろうという考え方です。

アップライトの組込み技術や鍵盤とのバランス、何をもって良いタッチというのかという事も学びました。管理人が今多少分かったような事を言えるのも、ヘルムート以外でも優れた指導者の教えを継承している事が根本にあります。

その他直伝の工法は幾つかありますが、それらを修める事が出来、大変感謝しています。最晩年、別れ際に『私たちのピアノを注文してくれてありがとう』といわれたのが、ヘルムートとの最後の会話になりました。



◎ホロヴィッツのピアノ技師F・M氏(1927~)

彼を知ったのは知人(ピアノビルダー)の父君と旧知の間柄であった事から、顔写真を見せられそうゆう人物がいるという話は聞いていました。
平成7(1995)年10月の下旬、池袋のサンシャイン60で楽器フェアーが開催され、浜松のクロイツェルピアノ社の協力でKE605というモデルを展示しました。

元々サウンドボードはドイツ唐檜で、アクション設置やハンマーの植込、鍵盤バランス等を浜松のクロイツェルに泊まって管理人が施工したものです。
全国からクロイツェルディーラーも来場され、各ディラーにアンケートを書いていただきました。一部タッチが軽すぎるといった意見も有りましたが、全般スムーズなタッチと良い響き等と好評でした。
当時、クロイツェル社長からは、評判が良ければ注文モデルで生産してみようかという話も出ていました。この頃のクロイツェルは前時代の鍵盤寸法が見直され、クロイツェルの某先輩意見を取り入れて、Pfeiffer風の鍵盤に設計変更されていました

この年は、欧米で先行販売したボストンピアノを国内にも広く紹介しようという事も絡めて、旧スタインウェイ輸入元がF・M氏(以降M氏)を呼んだ様です。管理人はM氏が来日しているという事は全く知りませんでした。ボストン展示ブースは直ぐ近くで、ある時偶然M氏を見かけたのです。クロイツェルは浜松ピアノ組合の共同ブースで、管理人以外誰もM氏の事を知りませんでした。

千載一遇のチャンス!この機会に自分が組み上げたピアノを評価してもらおうと、M氏に話しかけました。ヘルムート・プァイファーは近づきにくいオーラがありましたが、ホロヴィッツの黒子役M氏は割と穏やかなイメージでした。

『このピアノは君が仕上げたのか?』と質問され、自分の工程を説明しました。『良く出来ていると思うよ、鍵盤のバランスも一寸重い気もするが、とても良い』と答えてくれました。どうやら会場に来た時に、浜松ブースのピアノを一通り触っていたようで、『仕上げは君のが優れているよ』と評価され、正直ほっとしましたし、自信にもつながりました。

その後、何処でセオリーを学んだか逆に質問され、『なるほど、それで理解できた』と話してくれました。M氏にとっては、ちょっと変わった経歴の東洋人と話した程度でしょうが、管理人にとっては二度とおとずれる事のないであろう貴重な時間でした。

翌日もブースに来られ、調律スタイルや技術的な質問をして有意義な2日間を過ごす事が出来ました。ピアニスト某氏の調律をしているとか、XXホールやXXスタジオの調律をしているといった話はよく聞く事ですが、M氏クラスの技術者に組み上げたピアノを評価された人は、国内では恐らくいないのでは・・・と思います。

このピアノは販売から二十余年、東京の某氏宅で大切に使われています。



◎叩き上げピアノ職人、M・K氏(1915~)


仕事の方向に迷いをもっていた頃出会ったのがこの方です。ピアノ業界の事情については、戦前から色々な所で仕事をされたようなので、話題も技術の引き出しも豊富です。氏は独立することなく、生涯ピアノ店に勤務。現在、仕事はしていませんが、東都のピアノ業界事典の様な存在です。

管理人は氏のもとに暫くいて学べるところは吸収しようと、その会社で一時期席を置き、アドバイスを貰いながらピアノ補修をするというサラリーマン生活を送りました。

ピアノ店の勤務内容は、調律外回りが週に1日2台。

他の日はピアノを分解し、販売用に仕上げるという事の他、戦前に販売したピアノや、かなり疲弊したピアノの修理(顧客依頼)。

当初は先輩方と共同作業でしたが、途中から一台を一人で担当。都心部の為全塗装は外注でしたが、部分的には吹き付け塗装や、戦前に販売した外国製ピアノのニス塗もやっていました。

サウンドボードがバリバリに割れた物から程度中位の物迄、月に4~8台位のペースで補修作業をしていたので、年間50台位は手掛けていました。殆ど実務中心の勤務でしたので、浜松の流儀とは違うM氏流のノウハウは染み付いて、管理の引き出しに加わっています。

仕事の大多数は古い国内製ピアノでしたが、時々入ってくる外国製のピアノは触るのが楽しみだった想い出が有ります。

90歳を過ぎてリタイヤされた後も、ボケ防止に直していた(M氏談)最後のピアノは当店で販売しました。



◎A氏、現在ドイツのターミナル空港近在のピアノ店に契約勤務


フランクフルト空港近在に住んでいる為、良く飲食を共にする機会があるA氏は、二十年来の友人で、東独ザクセン州出身。最初の勤務は地元のピアノユニオン。
知り合った頃、父君のおさがりトラバント(旧東独製自動車)で、ドライブに出かけた思い出があります。

以前は完全な社員でしたが、数年前から週3日勤務で残り三日は増えてきた自分の仕事をしています。朝は8:30から始め、昼の時間12:00でも仕事をしますから、市内周辺で4~5件を訪問します。

仕事用に勤務先では、彼にマツダ車(1300㏄)を与えていました。最近、念願のVOLVOステーションワゴン(12年落ち)自然吸気2.5L を購入、東独出身の彼にとっては夢の車だったそうです。





◎B氏、北ドイツのピアノ工場で勤務後、出身地に戻り家業を継ぐ

近年独立云々という話もあるカタルーニァ地方。一族はバルセロナでミュージックショップを営み、B氏はピアノショップを任されています。展示品7割は、中古や戦前の時代物ヴィンテージ。1900年頃のバルセロナ製ピアノも並んでいました。新しい物は日系のピアノです。
バルセロナ製ピアノは、管理人の判断基準からすると、特別欲しい物ではありません。
この頃日本は明治33年、スペインで最も栄えていたバルセロナ。
ウィーンの影響もうけたカタルーニャのピアノの方が、この時代の日本製より優れていたとは思います。

地域がら、余りピアノは売れなくてギターがメイン。そのショップは、兄弟が経営。ピアノメンテナンスは自分一人でこなし、外回りは週2~3日バイクで回っていると話していました。

夕方からカタルーニャ音楽堂でハンマークラヴィーアのコンサートがあるとの事、滞在先から歩いて出かけました。


こちらはモデルニスモ建築ですが、ガウディの師匠モンタネールの設計。繁栄時の国力を示した様な絢爛豪華な音楽ホールは、他の欧州諸国にもあります。しかし、採光を意識したこの様なホールは珍しいと思います。

磁器とガラスを組み合わせたモンタネールのアイデアで、後ガウディに引き継がれたモチーフ。
天井から垂れ下がったステンドグラスは、開演前の未だ明るい自然光の時は上写真。鮮やかな色が活きます。日が暮れてくると夜間は照明で青くなります。





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